所用があり、父の仕事場に顔を出した帰り道。車を運転する道すがら、二十数年ぶりに小学生の同級のこを見かけた。空子(そらこ)さん。
小学、中学と年齢の数だけを重ねて生意気に大人ぶる私たち同級をよそに、空子さんは何才であっても道端でたんぽぽを摘み、ねこじゃらしをそよがせ、時に私たちにそれらを見せては微笑んで、ほけっとしている人であった。私は途中で転校したのでそれからの彼女のことはよく知らない。
何もせずして可憐とは、空子さんのような人を言うのだろう。広い空、広い心を願われて名付けられた空子さんは、あの時と全く変わらぬ佇まいでいた。当時、若気の至りの私たちの中で浮いていたあの空気もそのままで、むしろ今では誰より純真に清い人間のようにさえ見えた。容姿ですら一向に衰えていない。霞を食って生きるではないが、季節ごとに彩られるこの地の澄んだ空気、そして優しい言葉だけを食べて生きていればこのような人になれるのだろうか。
美しかった。憧れた。心の底から。
九月九日