覗くもの

覗くもの

左肋骨に何か違和感があると気が付いたのは、夜、浴室からあがった直後のことだ。タオルで体を拭きつつ洗面台の鏡に映る自分の肉付き具合を眺めていたときのことである。めいっぱい息を吸えばこれほど膨らみ、同じエネルギーを以て息を吐ききれば腹はぺたりとする。ふむ、じゃあまだ大丈夫だな。とお決まりの誤魔化しで自分を安心させていると、ふと違和感があった。左の肋骨に骨ではなさそうな膨らみが見えるのである。気のせいかと思って触れれば、確かにこりこりと何かがある。骨ほどに固くはないが、肌の上から何かころころとつまめるような硬質な何か(1、2センチほどの球体?)に触れられる。どぎまぎと少し不安になって、その何かがただの私の骨であると確信できるまで何度も深呼吸を繰り返したが、あばらを浮き立たせれば浮き立たせるほど、玉状のそれは骨の間から?骨の表面上に?顔を出すのだった。言われてみなければ、わからない程度のものだが、自分の身体のことだ。気になって仕方がなくなる。

翌朝、私は早々と皮膚科に行った。皮膚科に行くなんて、就学前にアトピーで通院していた時以来ではないか?名前を呼ばれ、診療室に入って要点を伝えるとさくっと服をめくられ触れられる。
「ああ、確かにありますね。うん。よく気が付きましたね。これほどの小さな変化」
ああ、この女性の先生は確かに見覚えがあるなと思いながら、昨晩気が付いたきっかけをそっけなく答えた。腹の出体操のことはもちろん伏せたが。
そして、いわゆる問診というのがこの流れから始まるのかと思ったのだがそうではなかった。こちらの予想に反し、医師はあっさりとこう言った
「正直に言えば、ここではそれが何であるかよくわからないです。」
拍子抜けしつつも、専門が皮膚の疾患であるわけだから、それもそうだろうと納得する。予想できたことである。
「悪性とか、悪さをする腫瘍ではないと思いますし、そのうち消えるものかもしれないです。どうしても気になって安心したいのであれば、MRIを備えた病院に行ってみてください」
腫瘍、という言葉にびくりとしたことを悟られたのだろうか。マスクをしているので、医師の表情は目元でしか読み取れないが、目尻に皺をよせ微笑み、私をリラックスさせようと努める温かさがあった。

根が素っ頓狂に楽観的な人間なので、じゃあしばらくほっとくかということで落ち着いた。おそらくそのうち忘れるだろうが、忘れた頃にまだ私の肋骨からこちらを覗いているようであれば、その時はきちんと検査をしてもらおう。

ただの健康記録。

九月十一日