アンドリュー・ワイエス展を観に行った。
以前開催されたBunkamuraザ・ミュージアムでの大規模展は2008年。
十八年も経っていることにいろいろとショックが大きい。
前回は、アンドリュー・ワイエス作品の制作時期・シリーズすべてをまんべんなく
展示していたイメージだが、今回は比較的展開が絞られており
これはこれで面白い構成だった。
シリーズ「オルソン・ハウス」。
オルソン・ハウスは、清教徒たちがアメリカに渡り入植した地域「ニューイングランド」に建てられた家である。
19世紀初頭にまでさかのぼるとされるこの家には、当時オルソン姉弟が住んでいた。
進行性の病により脚が不自由な姉と、酪農や農作業に従事しながら姉を支え、共に暮らした忍耐強い弟と。
スウェーデンからの移民であった彼らの父が家族を連れて移り住み、
やがてこの姉弟の一代で終わるであろうことが誰の目にも明らかであったこの家を
ワイエスは30年間にわたって描き残したという。
胸に迫ったのは、数十年も前に描かれた「オルソン・ハウス」の連作が、
今では住む者がいなくなってしまった祖父母の家——私の大好きな家の印象と重なることだった。
どの絵も、幼い頃から祖父母の家で見てきた景色や瞬間を彷彿とさせる。
中でも私は、「青い計量器」というタイトルがつけられた絵の前からしばらくの間動けなくなった。
ワイエスの真骨頂であるドライブッシュ技法で描かれた青い計量器は、
ただリアリティがあるだけではなく、ブルーベリーを摘み、計量し、袋に収めて
家計の足しに担いでいくというオルセン弟の生活そのものが見えるようだった。
水、それから絵の具。限られた画材からこれほどのものが生まれようとは思えべくもない高度な技術に感激するとともに、ものの本質という言葉では語り尽くせない何かが、私の琴線を刺激した。
そうまるで、私はこの青い計量器と全く同じものを
祖父母の家の納屋で見たことがある——そのような気持ちになっていた。
計量器を手にした祖母が、収穫したあれこれを計量し、袋に収め、一杯になった袋を次々と運び出していく祖父の姿。数十年とくり返されてきた、ふたりの暮らし。
決して楽ではない農作業の日々の真ん中に、この計量器があったのではなかったか。
なかったはずの、とは言い切れぬ、近しい記憶がよみがえる。
そして、あの家と同じく、
この計量器を使わなくなって数年が経ったという事実にも悄然とする。
二人ともこの数年でずいぶんと年をとり、山間の集落のなれ親しんだすまいから去って
娘たちのいる街中に移り住み、そして先日祖母は入院を経て施設に入った。
そんな数年分の記憶の無念が、この計量器にすべて描かれている気配がして
私はひとり涙をこらえたのだった。
ドライブッシュ技法
ワイエス曰く「この技法で描くのは、対象への自分の感情が十分に深まったときだ。小さめの筆を使い、絵具に浸し、筆と毛先を広げ、指で水分と絵具をかなり絞り出して、ほんのわずかな絵具だけが残る状態にする。そうして乾いた筆で髪を撫でるように筆を走らせると、一度に複数のはっきりとした線が生まれ、私は対象となるものの形態を、徐々に、実体をもつようになるまで作り上げていく。しかし作品を息吹かせたいのであれば、躍動的な淡彩の下塗りが必要だ」