蚊の昼寝

電子ノートに映し出されるカレンダーを眺めていたときのこと。

額のすぐ上のテーブルライトの白熱灯にちりりと何かがかすめる音がしたと思ったら

蚊が1匹、ぽとりと目の前に落ちてきた。

ちょうど6月29日の日付の上である。

さては、光熱に焼かれて死んだか。全く微動だにしないので、私はついにそう思った。

 

これほど間近で蚊を観察できる機会もあるまい。

血を抜かれれば痒いし憎いが、それとこれとは別である。

腹が細いところを見れば、まだ血を吸えていなかったようであるし。

 

私は感心する。

翅の造形。左右合わせて2枚しかないが、トンボやセミの翅と同じような構造をもっている。

ステンドグラスのように濃い色の線が輪郭と支柱(と呼べばいいのだろうか)としてのび、

光彩を放つ透明な翅の膜が美しい。

足の節々。死んでしまったので今ではすっかりのびてしまっているが、なるほど、

皮膚に着地し、かつ安定した状態で吸血するにはこの後肢の長い節足がみそなのだろうと発見する。

腹は節目が白く連なり、それによって黒と白の縞模様に見える。

そしてこれは、私たちの皮膚を突き刺す口の針。蝶のように収納できるものではないらしい。

恒温動物の血を吸ってのみ生きるよう定めれらた形態。

 

どうやらこいつは生きていたらしい。

ぶぶぶぶぶと微弱なあの振動音をならしてからだを浮かせ、持ち上げた。

この音はこの虫の最大の欠点だと思うのだがどうだろう。

これがあるがために、人間の無意識にさえ気付かれてばちんと叩かれ命を失うのである。

1000年後には、無音で飛行できるよう進化しているかもしれないが。

 

少なくとも5分間は私の目の前で寝転んでいたと思うが

君は気絶していたのか、それとも寝てた?

私は嬉々として観察していたが、

この蚊も私のことをあの複眼でまじまじと観察していたのかもしれない。

ワタシを見かけてもびたりと潰さない稀有な人間だ、などといい機会として。

初めて知ったが、この生物の顔には穴が5つもあいているのだなあと思われていたのかもしれない。

 

ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、と飛行して、

再び私の机の上に着地する。たまたま置いてあった私のスマホのすぐ横に。

私のスマホの側面は鏡のようになっていて、

件の蚊は私に背を向けたまま、鏡の反射ごしに私の姿を眺める格好になった。

鏡ごしにあの複眼と目が合う。

もちろん偶然に決まっているけれど。

何億分の一匹の個体による有益な人間観察が、後世につづく何億匹もの蚊の役に立つとも限らないものな。