うみやまのあいだのひとしずく⑦

クマザサが本来の立ち姿を取り戻すにつれ、ひとしずくは葉の上にいることさえ、だんだんと難しくなりました。少しずつからだがずり落ちてゆくのです。ひとしずくは尚も一心に目をつぶっていましたが、このままではどうにも分が悪いとふんでそっと片目をひらいてみました。すると、どうでしょう。残雪の重さで長らく下を向いていたクマザサの葉は、今や上方に向かってぴんと伸びており、葉を整然とうめつくす葉緑の粒たちは我先にと陽光に手をのばしているのでした。中には、このまま葉から飛び出てしまうのではというものもあり、互いにけしかけ合うようにして、ますます貪欲に太陽を求め合うさまは波打って見えるほどでした。

ひとしずくはいよいよもって、クマザサの葉の斜めに傾いた今の居場所が自分を放り去ろうとしているのだと思いました。ひとしずくだけただひとり、ここにただいるのは間違いだと言われているようでした。

「いっそ、飛び降りてしまえばわかるのかも」

とひとしずくはつぶやきました。思わずよぎったこの考えに自信をもてなかったので、声に出してみたのです。別れを告げたあとの兄弟たちがどこへ行ってしまったのか、それは変わらず謎のままでしたが、だからといって、葉緑の小粒たちと共にここで無為に過ごすことも何だか違うように思いました。葉緑の小粒たちは太陽にばかり夢中でした。彼らはともかく押し合いへし合い太陽に手をのばすことに大忙しで、クマザサを生かすことが彼らの使命でした。

ひとしずくは、葉緑の粒たちとの共生の可能性を早くも切り上げて、先ほどの無鉄砲な思いつきについて、考えを巡らしていました。悪くないように思いましたが、冷静になってみれば、ただ自分の所在なさから自棄になっていたところもあったのかもしれません。それに何より、自分から飛び降りるにはまた別の勇気が必要だとわかり、目をつぶり続けることでさえ渾身であったのだから、これ以上の勇気はもう出ないとあきらめてしまったのでした。

そのときです。葉緑の粒たちの頑張りが功を奏し、クマザサがまた一段と大きな伸びをしました。逡巡していたひとしずくは、クマザサの伸びの気配を察するや否やゆさぶられ落ちることがないよう、からだ中に力をこめました。けれども春への決意に己をすっくと正しきったクマザサを前にしては、ひとしずくの、水滴のたった一粒である彼のふんばりなどどれほどでしょう。ひとしずくの微力は到底及ばず、軽いからだは葉の表面を踊るようにしてすべり、ちょうどクマザサのそばを吹き抜けた春風のいたずらもあって、さらに右へ左へと煽られるのでした。