愛犬家の論述2

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問.犬は群生動物と言われていますが、どういう風に“群生動物”と用語を理解していますか。

 

群生動物とは、文字通り「群れをつくって生きる動物」を指す。裏を返せば、「単独行動を主としない動物」と言うことができるが、そのような動物は地球上に多数存在する。

そもそも、同種個体が集まる「群れ」とは、限られた資源を分けあう個体が増えることを意味する。例えば食事でいえば、群れをつくることによって一個体あたりの必要摂取量が満たされなければ不利である。ゆえに、群れをつくる動物は一個体の資源量の減少を上回る利益(天敵への察知力や防御力の向上、採餌効率の上昇など)を得なければならない(嶋田、山村、粕谷、伊藤、2009)。さらに言えば、群れ全体の利益率だけでいえば好調であったとしても、個体間においては決して平等ではない場合もある。たとえばメンドリやネズミ、魚、リスなどの群れには直線的な順位が存在し、力の強い者は最もエサにありつけるが最下位の者はエサにありつけないばかりか、食餌において高順位の雄は、配偶行動でも優先的に雌と交尾ができる。

群れを構成する個体が親、兄弟などの血縁関係であれば事情は異なる。この場合、一個体あたりの利益の計算は、血縁者の利益を加算した包括適応度も用いなければならない(嶋田、山村、粕谷、伊藤、2009)。上記の順位的独裁制の群れでは、各個体の資源確保力、状況に対する生存適応力はばらつきがあった。が、血縁関係による群れでは、生存適応力が群れというシステムによって保証されやすい。

アリや一部のハナバチも女王を筆頭に世代が重複しているという点では血縁的群生動物と言えるかもいれない。繁殖能力があるのは女王とその夫のみでその他多数の個体は不妊であり、巣づくり・食料調達・兵隊・卵や幼虫の世話などを分業化して一つのコロニーを形成している(松島、相馬、的場、2021)。真社会性と呼ばれるこれらの特徴をもつ動物は膜翅目に多いが、哺乳類で唯一、同一のシステムをもつのはハダカデバネズミである。彼らも同様に地中に大きな巣穴をもち、群れの中のほとんどの個体は子どもをつくらない(早川、2015)。このような群生動物は、群れの中の全個体が外的環境に対し生存適応しているという点では公平であるが、巣穴をひとつの生き物として生かす機能の一部としてのみ働かされている側面も多いといえる。

これまでいくつかの群生動物の例をひいてみたが、犬の群生性はいずれにも当てはまらない。あるいは、犬の性質について一昔前の議論を妄信している人間であれば、順位的独裁制を支持するかもしれない。すなわち、「人は必ず犬の優位に立つべきであり、犬は必ず人に服従しなければならない」というオオカミの支配モデルに端を発した群れ理論である。現在ではオオカミの群れの支配モデルは否定され、家族モデルが採用されている。自然環境下での野生のオオカミの群れは、繁殖個体のつがいを筆頭にしてこどもたちやその血縁の姉犬兄犬で構成されている。この群れには「優位-支配」という概念はなく(親心としての攻撃は別)、非常に親和的かつ平和的なコミュニケーションがあり、個体間の思いやりでつながりを保持している(ミクロ―シ、2014)。アリやハチなどと異なるのは、生存適応力が高いだけでなく、時期のずれこそあれ、繁殖の機会も皆平等に有しているという点にある。

オオカミを近縁種とする犬も、家族的つながりで群れを形成できる動物である。加えて、オオカミの群れが同種間である一方で、犬は異種間とも群れになることができる。異種間とは、ヒトはもちろん、他の犬、猫、鳥、その他の同居動物を指す。「イヌは、生後4か月になるまでに充分な触れ合いの機会があれば、どのような生き物にも社会化され、仲間意識をはぐくむ習性を持ち合わせるようになる」(ドナルドソン、2004)。

犬とは、一個体として自身の生を楽しむことができ、かつ、どのような種とも家族的な親和関係を結び、その喜びを共有することができる群生動物である。

 

〈参考文献〉

嶋田正和、山村則男、粕谷英一、伊藤嘉昭(2009)、動物生態学 新版、東京都、海游舎

ドナルドソン・ジーン(2004)、ザ・カルチャークラッシュ ~ヒト文化とイヌ文化の衝突~動物の学習理論と行動科学に基づいたトレーニングのすすめ、兵庫県、レッドハート

早川いくを(2015)、へんな生きもの へんな生きざま、東京都、エクスナレッジ

松島俊也、相馬雅代、的場知之(2021)、オールコック・ルーベンスタイン動物行動学 原書11版、東京都、丸善出版

ミクローシ・アダム(2014)、イヌの動物行動学 行動、進化、認知、神奈川県、東海大学出版部

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