今年はめっきり雪が降らないね、と見ず知らずの
あるいはたまに会う程度の、時々会うような、いやいや毎日会う人との会話であっても
同じような言葉で水を向ける。
そうねえ、本当にねえ、どうしちゃったんだか。
だいたいは同じような答えが返ってくるのだが、
相手の心のうちにも、私と同じにあの真っ白い雪景色が映っているのあろうと知れると
何となくなじみがよく、同郷の慕情を抱く。
今日は、穂の名と川沿いをゆるゆる歩きながら
今年はめっきり雪が降らないね、と目にかかる白鳥に声をかけた。
羽を休める地に住まう者として何となく申し訳なく思う。
白鳥は4、5羽程度の群れで
丸砂利の川端に立つ穂の名と、穂の名を連れている怪しげな2本足の私を遠巻きに見ている。
家族で移動するものなのだろうか。
初冬に見かけた中程度の白鳥の群れの中には灰色の幼鳥が何羽か混ざっており、
意図して群れの真ん中に寄せられている印象を受けた。
けれど、この日の小家族は皆真っ白だ。
穂の名ははじめしっぽを振るでも何をするでもなく白鳥を見つめていたが
相手が何もせぬままただ浮かんでいることに辛抱を切らし、
ワン、と一声吠えた。白鳥たちは途端にさぁーと引けていく。
と言っても水かきを止めただけだろう、川の流れは彼らの味方だ。
穂の名と散歩をするのは楽しい。
白鳥と穂の名のやりとりを見ていたのだろうか、
カモの群れが穂の名を見た途端、一斉にがあがあと声を共有し、
同じようにさぁーと流れていった。
河原で土か何かをついばんでいた別のカモの群れも、
そのうちの一羽が穂の名に気づくなりがあがあと声を立てると、他のカモもがあがあがあがあと同調し、
おしりをふりふりよちよち歩きながら水辺へと泳ぎ出した。
誓って言うが、別に穂の名は特別意地悪をしているわけではない。
習性としてつい彼らを凝視してしまうくらいのものだ。
トリリンガル。カモの「があがあ」は私の穂の名。
穂の名はごきげんだ。
途中、落ちていた空のペットボトルを見つけ
咥えた口からわざとべこっべこっと音を立てさせて河原を歩く。
私の印象に限るが、鳥猟犬種というのはペットボトルが好きなのかしら。
べこっべこっと凹む音が鳥の声に聞こえなくもないが。それなら逃げられるのも仕方がない。
と思いながら歩いていると、
どこからかなんとも不思議な音色が耳に入ってきた。
透明な不協和音のような、何層にも重なる空に響く和音のような。
どこかアコーディオンにも似ている。が、
はっきりとした音階があるわけではなく、例えて言うなら
ドとレの間、レとミの間、ファとソの間……それら黒鍵の一音一音をさらに百通りに広げたような
無限のあわいの音が四重五重と聴こえてくる。
音の源は先ほどの白鳥だった。
普段はまっすぐ立てている首を、曲げたりのばしたりして
それぞれ発声しているようである。
ゆの字から、くの字を繰り返すような塩梅で首を動かす。
本か何かでこのような楽器の仕組みを見たことがあるような。
ゆの字。くの字。ゆの字。くの字。
残像のせいか、何だかト音記号がこんな形だったなあと頭をよぎった瞬間、
白鳥たちの首のうごきが一瞬揃った。
と同時にである。驚いたことに
白鳥たちは見事に呼吸を合わせ一度に羽根をひとふりふたふりし
あっという間に飛び立った。
空に大きな翼が映えてとてもとても美しい。
私が立ち止まるあいだ、何か別のにおいを追っていた穂の名も
バサッバサッという音につられ顔を上げた。
滑空する白鳥の群れに反応し、少し駆け出したがすぐに立ち止まる。
私から見える穂の名のお尻。
赤い尾は一瞬だけぴりっとこわばったものの
すぐにかすかにゆらゆら揺れて白鳥たちを見送っている。
いつか思い出すであろう、
ある日の私の暖冬の記憶。