頭の重み

このベッドで、穂の名とアウラ――2頭の大型犬と寝るのはちとつらい。

どちらも30kgを超えているし、それなりにでかいので、とにかく狭い。

いざ眠りが深くなれば、特にアウラは梃でも動かない。

前肢も後肢もすっかりのばしきって、人間よりもだれよりも、一番ひろびろとこのベッドを謳歌している。時には腹を天に向けたまま、人間のように仰向けで眠っている。

暗がりで、黒いむくむくとした影だけを見ると、クマみたいだ。

長い冬の夜は、アウラの重みで私たち人間は毛布をすっかりとられてしまうので、寒い寒いと言いながら夜起きて、毛布を自分の肩や片半身までしっかりかけようとしきりに引っ張る。

が、まったく成果がない。

アウラをどかそうと声をかけると、アウラはアウラで自分のもっとも快適な寝場所を眠気眼にゆずりたくなくて、さらに重石に化けて頑張るようだ。

そのうち人間も、寒い寒いと言いながら眠気に負ける。そして、翌朝にはからだが心底冷えきって目が覚める。

 

一方、穂の名はというと、本当は穂の名も人間用ベッドが大好きなのである。

が、アウラが先んじているときは、ベッドにあがるのは気が引けるようだ。

穂の名の方が5才も年上なのだが、この場合「ここはわたしの!」と主張できるアウラのほうが大いに得をする。

穂の名も穂の名で、敢えてアウラと競う気もないので早々と、「じゃ、床のベッド(犬用ベッド)でいいや」と切り上げる。

 

けれど、時にはやっぱり穂の名もベッドの上で眠りたいのだ。

この日は、私もいつもより早く床につき、アウラの重たい頭を腹にのせながら眠っていた。

すると、傍らの床ベッドで寝ていた穂の名が起き出して、

何やら私のベッドのまわりをうろうろとする。

私の頭の右側に来たかと思えば、足元へ、それから左へ、そしてまた足元へ、そして私の顔の近くへ。ベッドにのぼれる場所を探っている様子である。

8才の穂の名は、若い頃の自分より今のからだがいろいろな面で劣っていることをよく知っている。

そのために、仮に私やアウラがいない時でも、ベッドに上がるという一つの動作にすら慎重に吟味を重ね、多少の勇気と思い切りを必要とする。

うろうろ、うろうろ。穂の名の爪音が木の床にあたってかちゃかちゃかちゃかちゃと音を立て続けている。

アウラは無論、動こうとしない(暗がりで見えないが、おそらく私の腹の上に頭を乗せたまま、目だけで穂の名の姿を追っているはず)。

 

見かねた私は、アウラの寝相をそのまま保持した状態で、ベッドの上半分を穂の名に開けてやる。

私は甘んじて、自分のからだを窮屈さを穂の名のために犠牲にする。

仰向けていたからだを側臥にし、ちょうど「る」の字のようにからだを丸めることにする。

穂の名は、このエンプティスペースを待ってましたとばかりに、すぐにベッドに上がってきた。

うむ。よい。

だいぶ私は窮屈だけれど、穂の名のやりたいことが達成できたのであれば何よりだ、と満足する。

 

とはいえ、そうは言っても穂の名らしく、

私やアウラに遠慮して、小鹿のようにからだを小さく丸くたたんで眠り始めた。

穂の名の背中が見るからに窮屈なので、私は自分の「る」の字のフォントを変える。

つぶれた「る」の字に。

これなら足をのばすことができるのではないか?

穂の名の寝顔を眺め、アウラの寝息を聞きながら、さらに自分の睡眠の質をなおざりにして2頭に私の機転を捧げる。

 

私の意図をすぐに汲んでくれたのか、穂の名はぎゅっとしまいこんでいた四肢をぐいっとのばして、せのびをするように寝相を変えた。

私も少し押しやられるが、よい、よいよい。これぞ愛犬家の本望。

私の頭部がついにベッドからはみ出したけれど、首が痛くなるほどじゃないから良いとしよう。

私の特技はどこででも寝られることだ。

 

2頭のけものに挟まれて、寝息吐息に自分の眠気もとろりと溶け込ませてゆく、眠れる寸前のあの心地。

その恍惚にまもなく浸るというとき、穂の名がまた、無意識にぐっとのびをした。

よい眠りに身をあずけるときに発する声、んんむむむ、は人も犬も同じのようだ。

んん、むむむ、………

 

腹のふくらみ、寝息の間隔。これらが永続していると実感できるだけで、幸福を感じられる夜である。

すーすーすー。

アウラはもちろん、穂の名も熟睡し始めたことを確認して、ようやく私も今日の日におやすみと言う。

ベッドからはみ出た私の頭部には、はみ出た穂の名の頭部が乗っかっているけれども

気にしない。

この献身を愛と呼ぶなら気にしない。