今朝、燃えるごみを出しに行ったら
ゴミ収集所のとなりの家の塀の上、私の目と鼻の先に一羽のカラスがとまっていた。
ちょうど私の目の高さにいて、明らかに互いに目が合っていると了解できるくらいの距離であったが
怖気も怯みも一切見られず
賢そうなあたまをくるりとまわしてからこちらを向き直した。
ここのゴミ収集所は、近所のAさんが自負する社会的役割の尽力の結晶といっても過言ではないほど
カラス対策に余念がなく、つい昨夏にもネットと金具の改良がなされたばかりである。
無論、人間には易しくカラスには厳しい構造になっているので
ごみの出しやすさは以前と変わらず使い勝手がよろしく、それでいて、
改良以来カラスによるごみの散乱は格段に減った。
が、このカラスの澄んだ目の賢しさ。
この私の一動作、例えば金具の外し方・かけ方、必要な力の入れ具合、その角度。
いつかこいつは0%の努力で攻略するときが来るのではないか。
私がごみを出すあいだも終始その場から動かない胆の強さになんだか妙に感心して、
カラス対策の錠前をかけ直しながら
「おまえが食べられるもの、何かあったかねえ」と声をかけた。
ふと、私の心によからぬ夢が思い出されたのはその時だ。
ここで、このタイミングで、ごみ収集所の錠前をもう一度ひらいて
ごみ袋の中から今朝食べたりんごの皮を少しだけ、このネットとネットの隙間からはみ出させておいたなら
それはさも偶然に あらその気はなかったけどごみの始末なんてもともとの性質が乱雑だものねと
彼(もしくは彼女)への贈り物のつもりで図っておいたら
私はもしかして彼(もしくは彼女)に毎週火・金顔を覚えてもらえるのではないか。
なぜなら私は昔から「カラスを飼ってみたい!」
そんな夢想を抱き、しかし常識の添削ですぐにその夢をかき消して
ちょうどすれ違った近所の方の声かけに愛想よく朝の挨拶を返した朝でした。
また次も会えたら、愛称くらいは決めてみたいものである。