ことば

ことば

シジュウカラは、自分のこどもたちに「ことば」を教えるのだそうだ。
卵から孵り、世界のことを何をも知らぬ鄙たちにこの世の危険を単語でしっかりと教える。その為の「ことば」である。テレビの自然番組で取り上げられていて、終盤のまとめの様子しか見られていないのだが、なかなか興味深かった。
蛇の模型を用意し、シジュウカラの巣の近くに模型を置いた場合と置かない場合の親子の様子を観察するという内容で、蛇の模型は親鳥にとってさえ脅威的な大きさの、生命を脅かすに足る存在感だった。もちろん動きはしないのだが。あれは何という蛇の種類なのだろう。

結論から述べると、蛇が現れると親鳥は一定の音で「デューデュー」と鳴くようになる。「デューデュー」とはつまり「蛇」のことで、親鳥がこのように鳴くと、雛たちはその意味を理解し、そそくさと巣に戻る。あるいは成長すると、親鳥が「デューデュー」と鳴けば、雛鳥も同じく「デューデュー」と鳴くようになり、家族間で危険を共有し、注意喚起をし合うようになる。さらには、シジュウカラだけでなく、ゴジュウカラなどの他の鳥たちにも「蛇」という単語を共有されていく可能性があるのだそうだ。他種への言葉の共有は、今後の研究によりさらに詳らかになるだろう、と番組はここで結ばれていた。

私的考察

「ことば」の発生の前提
・個人ではなく、集団の中で生まれる
・その集団は、共通の生活圏(食や住処を空間レベルで共有している)で生きるものである。
・共有すべき言葉、端緒の起源は生命危機の共有?

日に一度、私は相棒の大型犬を家の裏の野生の庭に出してやる。とはいえ、庭というには出来過ぎた言葉かもしれない。ユリノキ、杉、紅葉やその他の樹、灌木が大いに茂る雑木林と言った方がいい。曾祖父がいた頃は、細やかに手入れされた日本庭園風だっと聞くが、誰も住まう者がいなくなった十数年の間にすっかり野放図になった。(そこに私が転がり込んだわけである)

この雑木林にはたくさんの鳥が住んでいる。むしろ、彼等の糞がこの自然をつくりだしたと言っても過言ではない。年中何かしらの実花がなるここは、市の中心部にあって知る鳥ぞ知る楽園なのかもしれない。

その楽園に、晴れている時は必ず、日に一度は赤い大型犬が現れるのである。それから遅れて、私という一人の人間。私たちは別段、鳥たちをとって食おうという気はさらさらないが、鳥たちにとっては私たちだってやはり脅威には違いない。

私の赤い犬は彼等には何と呼ばれているのだろう。
「ジュウジュウ」
「ジュウジュウが来たぞー」「ジュウジュウ」「ジュウジュウ」
「デューデュー」
「デューデューが来たぞー」「デューデュー」「デューデュー」
「ケリリリ」
「ケリリリが来たぞー」「ケリリリ」「ケリリリ」
「ぴちちち」
「くるっぽー」

私も、楽園の鳥たちから名前が与えられ、呼ばれてていたら至極光栄なのだけれど。

九月十三日