うみやまのあいだのひとしずく③

ひとしずくは、自分が寝床にしていたクマザサの葉にぴんと生気がはりつめたことをからだの下に感じました。雪の兄弟たちにかこまれていたので、視界はまだ青白くぼやぼやとしたままでしたが、ひとしずくはすぐに、これは自分にとっての変化のときだと心得て、視界が冴やかになるまでのあいだ、ただじいと待つことにしました。そうしていれば、自ずと次の姿に生まれ変わって、あたらしい世界に出会えるのだという予感があったのです。ひとしずくがこれから体験するすべてのことは、とてもゆっくりのようでもあり、それでいてあっという間の出来事のようでもありました。

ひとしずくは、雪の結晶の兄弟たちとともに、太陽の光とクマザサの熱のあいだにあって、ぬくぬくとして過ごしていました。とても居心地がいい、幸福な時間です。兄弟たちの多くはもう目を覚まして気持ちよく伸びをしていましたが、中にはこの温もりに抱かれるまま、もう一度眠りに戻るものもありました。ひとしずくは時折、兄弟たちのからだを透かして、もやもやとした視界の彼方から、橙色の光が優しくこちらを見つめていると感じることがありました。そういうときは、ひとしずくだけでなく、兄弟たちもみなにこにことして、いっそうあたたかな気持ちになりました。この橙色の光の正体、これは私たちにとっての太陽に違いないのですが、その正体はひとしずくにはまだ秘密にしておきましょう。なぜって、ひとしずくはあたらしい世界でこの橙色の光と相対すること、それが何であるかを自分の心で確かめることが今から楽しみで仕方がないのですから。それだけでなく、このときのひとしずくは、これから自分を待ち受けているすべてのことは、何もかもが温かくて優しいものに違いないと信じており、ふくらむ期待の大きさが自分のからだに入りきらぬほどだったので、からだじゅうがくすぐったくて仕方がありませんでした。きっと、自分のまわりの雪の結晶たちも同じように思っているにちがいない。そう思うと、だれかれに話しかけたくなり、歌いだしたくなる気分でした。

いえ、私たちには聞こえなかっただけで、空気の振動よりずっと小さな声で、彼らはたえずおしゃべりしていたのです。といってもそれは、「嬉しいね」とか、「楽しいね」「あたたかいね」といったことばをそれぞれつぶやいて頷き合うような、緑児のように他愛ない会話でありました。

つづく。