仕事部屋の壁かけ時計は長らく止まったままだった。
今時ではスマホ画面の時計表示を見ればよいのだし、
そのままでも別段困ることはなかったからだ。
が、先日部屋を掃除していたらたまたま所定の電池を見つけたので
気まぐれに「じゃあ変えるか」ということになった。
銀色のボタン電池を呑みこませるや否や、時計は息を吹き返した。
ここはどこ、わたしはだれ、わたしはとけい。
チックチックと秒針を刻みながら考えている。
標準電波を探っている。
ほどなくして時計は今この時の正確な時間を思い出したようだった。
短針、長針、秒針が、彼らがもち得る最速さでメカニカルにぐるぐるぐるぐるまわりだす。
未来の1秒先、3秒先、5秒先を周回遅れにする速さ。
あるいは過去を遠く引き離し、決して振り向かぬような速さで。
私の心は振り落とされ、置き去りにされた。
ぐるぐるぐるぐる・ぐるぐるぐるぐる・
時計の針はまわり続けている。音すら立てない。
この世に潜む、私たちの意識にすらのぼらぬ何らかの存在によって操られているのではなかろうか。
針の異常な速さに畏怖すら覚えた。
そして、ようやく、きっかり15時46分。
00秒、01、02、03、04…
時計はこの世に収まった。
私は心から安堵した。