愛犬家の論述3

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問.飼い主は集団グループの中においてどのような役割を果たさなければなりませんか。

 

飼い主は、彼らの犬が所属する群れ、つまり社会集団としての家族において「リーダー」にならなくてはならない。このように述べられる時のリーダー像をめぐって、人間は長い間、犬本来の性質を誤解し、かつ自分たちの正しい態度を試行錯誤してきた経緯がある。飼い主が求められるリーダー像とはどのような姿なのだろうか。
そもそも、犬と人との関係において「リーダー」という概念が生み出されたのは1910年代、ドイツ軍用犬訓練士コンラード・モスによる徹底的絶対服従の理念によるものとされる。その後、モスのリーダー論を強化する形でオオカミの群れのモデルにしたというニュースキート修道僧のトレーニング法が有名になる。一方で、上記のように罰を是とするトレーニングへの反動から、ダンバーのポジティブ訓練ブームが到来した(藤田、2013)。しかしダンバーのポジティブ訓練は、犬を躾なくてもいいという誤解を与えることも多く、それでは罰を与えないリーダーとは何かという不明瞭なリーダー像が飼い主たちを惑わせた。そして2000年代、リーダーシップとは必要かという根底的な問いが立ち上がり、順位階層性という考え方を犬と人間の関係および訓練に適応させることはそもそも間違いであるという指摘が相次いだのである(藤田、2013)。
にもかかわらず、犬に関する新たな情報が更新されていない名ばかりの専門家はいまだに多い。例えば犬が飼い主に唸る行為は、群れ(家族)の中で自分が人より上に立ちたいという「優位性攻撃(支配的攻撃)」によるものであり、危険であるとみなす傾向は依然として
ある(林、2000)。この「優位性攻撃」という考え方が依拠するのは、人は犬の上に立つべきであるという誤ったリーダー像である。「これらの行動は、犬のオペラント行動に対して強化子が与えられたことに起因する強化にすぎず、代替行動を訓練されていないだけであって、高い優位性が関与しているわけではない」(内田、菊水、2008)。このようにはっきりと否定している方もいるが、一般的にはまだ前者の理論が通底しているようである。なぜなら、自分の飼い犬には上下関係があるように観察できると述べる飼い主もいるだろう。確かに、犬同士が個体間のステータスを見定めるために形式的な優位性(一方的に優位性を演ずる)をもつことは家庭犬に存在することは認められている(Schilder,Vinke,van der Borg,2014)。が、それでも飼い主が自分の優位的地位を強く主張してよいという道理にはならず、いずれにせよ多くのリスクを伴うので避けるべきだと同科学者は結論づけている。
犬との関係に支配を持ち込めないとすれば、飼い主やその家族はどのように犬と接すればよいのだろうか。近年のオオカミの群れ研究がその答えを示してくれる。「自然界の群れの構造は、主に家族を思う気持ちで成り立っていて、攻撃を基本にした階層は見当たらない」。(ブラッドショー、2016)。この家族モデルにおいて、飼い主の役割をあえて群れのリーダーであるとするのでならば、それは罰や叱咤を用いる強権的な独善的リーダーではない。オオカミの群れでいう父親や母親のような存在であり、「この人と一緒にいるといつも楽しい」「いつも安心」「いつも美味しい」といったポジティブな経験則の更新によって慕われるボトムアップ型のリーダーである。人間社会において適切な態度を教え導き、時には守るという意味では、「個々の犬のガイド役」(リーセ、2013)と言うこともできるだろう。

 

〈参考文献〉

内田佳子、菊水健史(2008)、犬とネコの行動学 基礎から臨床へ、東京都、学窓社

林 良博(2000)、イラストで見る犬学、東京都、講談社

藤田りか子(2013)、世界の犬学者たちの「リーダーシップ」に関する見解、ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック、東京都、誠文堂新光社

ブラッドショー・ジョン(2016)、犬はあなたをこう見ている 最新の動物行動学でわかる犬の心理、東京都、河出書房新社

リーセ・ヴィべケ(2013)、ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック、東京都、誠文堂新光社

Schilder.Matthijs B.H,Vinke.Claudia M,van der Borg. Joanne A.M(2014)、Dominance in domestic dogs revisited: Useful habit and useful construct?、Journal of Veterinary Behavior Vol.9,Issue4,July-August 2014、Missouri、ELSEVIER

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