ししゃもの弔い

ししゃもの弔い

 

ししゃもの弔い

 

人物

私 あるいは あなた あるいは その代行者

 

 

場所

どこででも。

何者でもありまた、何者でもなくあれる場所から

 

いずれの時でも。

 

必要な道具

・水に縁のある石。大きさ、色は構わない。

・白い紙、2枚

 

 

以下、人物(私 あるいは あなた あるいは その代行者)はすべて、「ひと」として描写する。

 

 

一、

 

ひと、一人あり。

登場は一切奇をてらわず。

生活の散歩者であることを断絶せずに来(きた)る。

下手の側に立ち止まる。

 

佇み。

時間があり。それから、

自分のまわりのすべてに向けて頭を下げる。

つまり、東の陽、西の月、北の山、南の海、天の風、地中の火、来し方、行く末、

その他思いつく限りの全方位に対して。

これから行われる行為のための礼であり、自身の心音がととのうまで丁寧に行われてよい。

 

水の滴る音がかすかに聞こえ始める。

サス、仄かに。

 

 

 

 

二、

 

すべての行為がととのい、ひと、ようやく水音に耳を澄ます。

注意を傾ける素振り。

 

明(あか)らかなサス。

空より落つる水滴。※1

 

そのしずくはぼたぼたと際限なく落ちているのではなく、

さながら洞窟内の結露が少しずつひとところへ溜まり、

それが一粒二粒となって自然のリズムで降ってくるようだ。

 

水滴の先には、石がひとつ。

表面に当たって水が弾ける。

水と石とのひとつの時空間が生まれている。

 

 

三、

 

ひと、石の方へからだを向け、一歩、二歩と恭しく進みでる。

 

石の間近まで来、よきところで立ち止まる。

石を見つめ、その場で座す。

座したまま、両拳をひざ側面の床につけ

その重心を支えにして一度二度にじり下がる。

石、石をとりまく時空間全体、そして自身の落ち着きを見据えられる距離に身を置き定める。

遠からず、近からず。

 

しばし、じいと全体を見てのち

おもむろに視線を石にうつす。

 

懐から白い紙を取り出し、

自分の目の前と、水が滴る石との間におく。※2

少しにじり寄り

両手の指をそろえ、先端だけ床につけるようにして

ややからだを傾ける。

適切な距離、適切な秒数で石という対象を見つめる。

適切、とは石に対して無礼にならぬ程度の。

 

ここまでの時間を以て

ようやくそのひと、石と心とを一体にする。

己の中の得心を頼りに。

 

ひと、水が滴る石を両手で掬う。

そのまま姿勢をただしてのち、

石を自分の目の高さまで掲げ、

床の白い紙の上に静かに置く。

句読点をうつように、一つ一つの所作は明確で、

それでいて春の雪解けの小川のようによどみない。

 

再び石を持ち上げ、少し両手で角度を変え、

白い紙へ置き直す。

これは自分の臍より上へは掲げぬこと。

この動作を三度行う。

石についた水を切ることを目的とした所作だが、

一種のカタとしてさるる。

 

三度の水切りを終えたら、

石を乗せてある紙を少しばかり脇に移動させる。

自分の両腕の可動域の中であってよい。

 

ひと心地。

両手をひざの上に置き、心を鎮めて呼吸をする。

 

懐より白い紙を再び取り出し、

先ほどと同じくして目の前に置く。

 

脇に動かした紙の上の石を両手で掬い、

新しい白い紙の上におく。

先の紙は折りたたんで懐にしまう。

 

新たな紙に置かれた石を前にして、にじり下がり。

一礼をする。

またそそとにじり寄り。

 

姿勢をととのえ、新しい白い紙ごと石をもち、すっくと立ち上がる。

 

元きた方へとからだを転換し、

石とともに立ち去る。

 

 

 

※1 難しければタライに水をはり、その中に石を沈め、泳がせておいてもよい。

※2 懐から取り出すということにこだわりはない。装いによって最適な方法を見つける。

 

【日常において】

上記の「石」を「魚」に代えて行われる。

儀礼にも似た諸所作を、台所あるいは厨房で再現する。

もちろん可能な限りでよい。

 

【日常において 簡易版】

食事の際に行われる。

食前、魚や貝などを調理したいのちに対し、

「いただきます」とことばにすること。

きれいに平らげたのち、

「ごちそうさまでした」とことばにすること。