ししゃもの弔い -4

ししゃもの弔い -4

続き

 

曾祖母は、私たちひ孫には優しかったが、犬や猫を「獣」と呼ぶ人であった。幼い私が犬や猫に残飯をあげる場面を見かければ必ず、

「肉や魚をやるのか、もったいないことをするね」と眉をひそめ、

「とって食う、ということを知らないのだね。犬も坊たちも」

とよく言われたものだった。

だが、そう言われたとて私はそれをやめられなかった。当時はミィという名前の年老いた白い犬を飼っていて、私と弟は何か理由をつけてはミィの世話のやきたかったのである。それで、朝飯や給食の残りをズボンのポケットに忍ばせて、学校から戻るとすぐにミィのもとへ向かった。外飼いが一般的な時代であったから、ミィも庭の一角の犬小屋の中で過ごしていたのだが、私たちが顔を覗かせればよたよたと出てきてパタパタと尻尾をふってくれた。曾祖母にばれて叱られたくなかった私たちは、ミィをつなぐ鎖がじゃらじゃらと音を立てないよう二人で鎖を持ち上げながら彼女の名を呼び、

「しぃー、ミィちゃん静かにね」

と声をかける。それからその日のみやげを自分たちの手のひらにのせてミィに食べさせてやるのだ。嬉しそうにものを食うはぐはぐという音さえ大きく感じてハラハラしたものだが、おいしそうに食べるミィの姿は可愛かった。存分に撫でてやり、溜まった目やになどを服の裾で拭いてやる。それから何食わぬ顔で縁側から中に入るのだが、大抵は曾祖母がそこで待ち構えていて、

「またやったのかい」

と真顔のままでじっと私たちを見据えるのだ。そして、私たちの返事を待たずに短く息を吐いてのち

「もったいないね、犬にやるなど」

とまた言う。

あの当時は、曾祖母に怒られていると子供心に思っていたけれど、今にして思えば決してそうではないようだ。大正に生まれ、幼い頃から山の中であらゆる生活を切り盛りしていた人間からすると、昭和の末に生まれた四世代後の子らの価値観がただただ不思議でありまた異様であったのだろう。そして、長く生きた人間の途方もない感心さからつい口をついて出るといった感じであった。

今も、曾祖母が歩いたこの庭を岩に座りつ眺めていたらつい気になって、もしやまた見られているのではあるまいかなどと落ち着かなくなる。

「残りのししゃももその赤い犬にやるのかい」

と声が聞こえてくるようだ。あけたばかりのペットボトルの緑茶にさえ、それくらい茶葉にお湯を注げばすぐだとはっきり言われるだろう。

当の赤い犬イナサはというと、私のこのような記憶などお構いなしに私の足元に伏せ、こちらをまっすぐに見上げてよだれをだらだら垂らしている。昼飯のおこぼれに与りたい。その欲求が駄々もれである。あのししゃもが自分の口の中に入っているという妄想、いや、必ず入るだろうという確定未来の想像だけでこんなにも集中できるものなのだな。感心しながらまた物思いに耽る。もう少し待てよ。

 

我ながら素直な子供だったと思う。

犬畜生に肉や魚をやるのはもったいないという曾祖母の口癖が、言葉の上ではわかっていた。確かに、肉と魚は人間の食べ物であって、その人間に飼われている犬チクショウにやるのは「もったいない」のかもしれないと感じてはいた。けれど、それだけではない底知れぬ脈絡が見えなくて納得がいかなかった。多少は知恵もついていたから、曾祖母への疑問や反発もあったのだろうと思う。でも、そのことを曾祖母に尋ねる勇気はなかった。

…いや、一度だけなら尋ねたことがあったな。なぜ、もったいないのかと。けれども彼女は、その質問自体が的を外していると言わんばかりに私を見つめ、その視線に少しの慈愛を織り交ぜながら

「わからないのなら、それでいいのだ。」

とだけ答えた。

私は、顔が赤くなるのを感じた。とてつもなく意地悪だと思った。理由がわからないから聞いているのに、最年長の曾祖母が答えてくれなかったらもうずっとわからないじゃないかと顔を膨らせて怒った。九歳頃だったと思う。曾祖母はただ笑って私の頬をそっと撫で、おやつをやるからそんなに怒るなとまた笑った。幼子の怒りなんていうのも気まぐれであるし、もらった菓子もおいしかったので、私の中に生まれた疑問はあっという間に霧散して、以来しばらく忘れてしまっていたのだが。

ところがそれからしばらく経った頃だ。思いがけない形で、曾祖母の言う「もったいない」とは何なのか、それが腑に落ちる出来事があった。

きっかけは本だった。本を読むことが好きだった私は、その日も読みかけの本をひらいて畳の上に寝そべっていた。国語の授業で取り上げられていた金子みすずの詩集である。その少し前のことだが、小学校の担任の先生が「私と小鳥とすずと」の暗唱テストをするというので、トイレや風呂など家中いたるところで練習していたことがあった。正直に言えば暗唱する意味はよくわからなかったが、親の小言を気にすることなく家の中で大声を出して発散できることはとてつもなく爽快だった。そして、その詩を何度となく聞いていた父が、こんな詩人がいたのかと感心し、よほど私が気に入ったのだろうと理由をつけて、彼女の詩集を買って帰ってきたのである。詩集なんて女っぽいなと思い、何となく気乗りせずに受け取ったことを覚えている。

ところが詩集というのは言葉が短く読みやすいのにもかかわらず深く感じ入る力を秘めた宝の壺みたいなものだから、私はすぐに夢中になった。そして、その中の一編である「大漁」という詩に出会ったのである。イワシの大漁に喜ぶ人間の陽気さと、多くのイワシが捕らわれてしまった海の底の悲しさとを一緒に読み合わせたシンプルで見事な詩であった。この詩を読んだときに初めて、曾祖母が「もったいない」と口にするときに見え隠れしていた〈命を食らうこと〉の道理と矛盾がわかったような気がしたのだ。

あれから三十年ほど時が経ち、小ぶりのししゃもと赤毛のイナサとを目の前にして、またあの詩を思い出すことになるとは思わなかった。

 

「朝焼け小焼けだ大漁だ

オオバイワシの大漁だ

浜は祭りのようだけど

海の中では何万の

イワシの弔いするだろう」

 

短いとはいえ今でも暗唱できるほどだから、わかるようになるまでよほど読みこんだに違いない。

発語するとは不思議なものだ。他人の言葉をからだに取り込み自分の言葉としてすげ替えるうち、自分の内から自ずと生まれた意志ある言葉に思えてくる。言葉の体感。今目の前にあるのはイワシではなく、たった二尾のししゃもではある。けれど、これらのししゃもに対してさえ、いただくことへの畏れたかい感情が芽生えてくるようだ。

「もう一度だ、イナサ。もう少し待てよ」

私の気まぐれに付き合ってくれてありがとうよ。そう思いながらもう一度、今度は目を閉じ背筋をのばして先ほどの詩を繰り返してみる。意識は自分の内部の深きところへ。

 

「朝焼け 小焼けだ 大漁だ

小ぶり ししゃもの 大漁だ

浜は 祭りのよう だけど

海の 中では 何万の

ししゃもの 弔い する だろう」

 

自分自身の中に言葉をひとつひとつ取り込むように、かつ、目の前にあるししゃもに言葉ひとつひとつを注ぎこむように、しっかりと、ゆっくりとした調子で言葉を放つ。閃いて、今度は「イワシ」の部分を現在進行形の「ししゃも」に置き換えながら。

 

「海の 中で は 何万の

ししゃも の 弔い する だろう」

 

… … …

 

言い終えた。無心で手を合わせる。しばらく静かだ。ひと心地がついて目をひらくと、ユリノキの葉を透かす木漏れ日が眩しい。残り二尾となったししゃもに改めて目を落とす。銀色のからだが鈍く強かに光っている。感謝と弔いを伝える行為を同時に終えた気分だ。私はたまらず頭を下げた。

「いただきます」

ししゃもは一尾ずつ、イナサと私で分け合って食った。イナサはどうだか知らないが、私はよくよく味わった。もう何十食も食べてきた味だが、私の心持ちのせいか、味がどうのこうのという次元をこえたところで、ししゃもが舌の上にいるのを感じた。食べること。命をひとついただくこと。有難い。

儀式とは本来こういうものなのかもしれない。

 

 

その晩のことである。私は奇妙な体験をした。床に入ってまどろみ始めたときに起こったことだから、夢だったのだろうと片付けてはいる。けれど、そうだとしてもこの出来事を言葉に残さず何とするとついパソコンを取り出して記録する。

深夜二時頃のこと。時間の無駄だとわかりながらも不要な情報を垂れ流しにしてブルーライトを浴び続けたあげく、いい加減寝るかとスマホを置いた。置いてしまってもしばらくはまだ目の前が明るい気がして、頭の中まで煌々とする。いつもの悪習なので、辛抱強く頑なに目を閉じる。そうすれば、勝手に寝付くというもの。もう四十年近く生きているので、自分の体の操作方法も何となくわかってきた。

それが奏功してうとうととし始めたときである。天井裏でトタトタという足音がした。といっても、これくらいなら私にとって何も珍しいことではない。この古家には、野良猫、ネズミ、ハクビシンも一緒に暮らしている。夜の方が元気なこの類の動物は、この時間帯からが活動時間だ。すっかり慣れてしまったので、家中をばたばたと走られようが気にしない。むしろ気にしていたらこの家には住めないだろう。ところがである。今度の生き物は、トタトタと歩いて来、そして私が横たわるちょうど真上の天井裏で立ち止まった。足音がそこで途絶えたこともあるが、そういう確かな気配がしたのだ。イナサが寝床をこしらえるときに、その場でぐるぐる回ることがあるが、私の真上にいるその生き物は、一切そのようなことはせず、まるで始めから目的地がここであったかのようにひたと停まった。塒でもあるのか、それとも排泄だろうか。後者であったら気が気ではない。それとも天井板ごしに見下ろされてでもいるのだろうか。人間には探知できないような穴を通して?

ここで目を開けてしまったらせっかく訪れた眠気が吹き飛んでしまう。そう思った私は、意固地になって目をつぶり続けた。これでそのまま眠れたら万々歳だし、あちらの興味も逸れてくれたら嬉しい。私は寝たふりを続けていた。すると、天井の向こう側から、確かに言葉が落ちてきたのである。

「申し。」

返事はしなかった。が、声の主は構わず続けた。

「申し。確かに。…あなたです。さて。今日は、よろしかったです。けれど、 できたら、うたのあとには あの骨は  あれらのことぶあと いっしょ にして土に うめていただき そしたラ尚の こと よろしかった です。次は、よろしく お願いし ますネ」

猫の声にも似て、人の声にも似た声だった。おぞましい印象はなかったが、優しい印象もまるでない奇妙な声色をしていた。私に話しかける丁寧な言葉遣いに慣れていないような印象も受けたが、それよりは自分の声帯に手こずっているような話し方だった。小さい「つ」の音、吃音が苦手なのか、その直後の音が大きく弾ける音がするのである。それでもこの奇妙な声の主に不信な気持ちを抱かなかったのは、一言一句伝えきらなくてはという誠実さのようなものが漏れていて、文字面ごとその態度が伝わったからだった。

今日食ったししゃもが足でも生やして私のところにやってきたのかなと思う。だとしたら、横びれのすぐそばに生やした方が都合がいいのだろうか、それともしっぽの方に?足音が…。歩きやすい…のか…?

あれこれ考え、イメージを頭の中で結ぶあいだに像がよじれて、私はいつの間にか眠ってしまった。