ししゃもの弔い -1

 

ぎゅっと押し固められた大量のししゃもの冷凍ブロックが届いた。そのいずれもが、稚魚という方が正確なのでは?と疑わしくなるくらいの小ささで、私の小指ほどしかない。まだまだ父の、母の助けがなければ生きていかれないのではと心配になるほどのか細いししゃもたちがぴったり正確な立方体に凍らせられて今、私の目の前にある。三段重ねの重箱を容易に凌ぐくらいの固体である。ざっと眺めるだけでも百、二百尾は密にいるのではなかろうか。生きていれば、銀のからだをひらひらさせて海中の光彩になったであろうが、今、私の目の前にいるししゃもたちは折り紙のような銀色だ。美術館に展示されていたらそれはそれでオブジェとして成立しそうな人工物だが、そうだとしても多少趣味の悪い現代アートのように感じられなくもない。細かな氷の隙間からじろりとこちらを睨んでくれるのならばまだいい方だが、多くは白く虚ろな目をしてあの温かな海水の中を自由に泳ぐ、そのような夢に沈みながら死んでいる。真空密封されたビニルの向こうで。

食材といえばいいのか、死に体といえばいいのか。どちらの言葉を使っても結局は同じことなのだが、命に対する尊敬が失われているようで胸が痛む。アウラの消失。学生の頃付け焼き刃のように覚えたことばが頭をかすめる。

そもそも、これは二度にわたって「このこたちを助けると思って」という切羽詰まった事情から、めぐりめぐって私のもとにきたのである。

一度目は、国内随一の卸市場が特設サイトで一般購入者を募ったときである。新型コロナウイルスの蔓延により国内の飲食・観光業が窮地に立たされているのは周知の通りだが、そのためししゃもの買い手が激減してしまい、このままでは廃棄処分になってしまうという。それだとあんまりだから、どうかこのししゃもや多くの新鮮な魚介類を救ってやってほしい。そういった趣旨から立ち上げられたホームページだったと記憶している。サイト内の商品説明では「廃棄処分」とまでは明記していなかったけれど、つまりそういうことだろう。大量のししゃもを生かすべく、相当の安価で売られていたようだ。

そうして私の叔母もその恩恵にあずかった。ししゃもならばあれば食べるだろうと思って三、四つ注文したのだという。低価格に惹かれたこともそうだが、これでだれかが助かるのならという理由がいかにも叔母らしい。ところが届いてみたら、ししゃもは小ぶりだし、何より想像をこえる量だったのである。

「注文数の単位がねぇ、匹とか尾とかじゃなくて、〈個〉だったのよ。変だなと思ったけれどそういうことだったのね。今うちに千尾以上はいると思う」」

電話の向こうの叔母の困り顔が見えるようだった。

そういった経緯があって、叔母家族と私の両親、それから私と兄弟家族それぞれに分配されたししゃもに限っては無事救済されたというわけだ。

調理の仕方のレパートリーは母や叔母にのちほど聞いてみるとして、これほどの量のししゃもである。冷凍室へどう収めるか、そのことにずいぶん時間をとられてしまった。重箱サイズのブロックのままではどう足掻いてもぴたりと引き出しが閉まらない。ああでもない、こうでもないとさんざん冷気を無駄にしたあげく結局あきらめて、小さく分けることにした。鮮度が落ちてしまうのでなるべく避けたかったのだが、仕方がない。一度、数時間ほどおいて氷を融かす。

昼過ぎ、半解凍になったししゃもたちは規律正しい直線的な立方体から少しだけ解放されたように見えた。保冷剤を脇によけ、真空ビニルから取り出す。改めて両手で持ち上げれば、それなりに重い。ししゃもの生態に詳しくはないが、魚群をそのままひと抱えするようなものだと思えば納得もする。手のひらにししゃもの背や腹の凹凸を感じる。

塊の内側まで溶けているかどうか心配だったが、手をそえて少し力を加えたらもろりと容易く分かつことができた。六等分にすれば引き出しにもちょうどよく収まりそうだし、調理もしやすい分量になる。おそらくは大手飲食店や加工場が所有する大倉庫のような冷凍室の中で時機を待つだけの運命だったのだろう。収納物として整頓しやすい形が何よりそれを物語っている。

水揚げされ、早々にそういう習性を身につけてしまったのか、私の手で分かたれるししゃもたちは存外素直で協力的だった。分割作業は難なく終わり、冷凍室にはぴたりと収まり、気持ちがいい。あれほど同情していたというのに、小分けになって扱いやすくなった途端、私の中に蟠っていた当初の畏怖は消し飛んだ。じろりとこちらを睨みつけてきたししゃもも、今の私にとってはただの扱いやすい食材だ。己の身勝手さを自覚しつつ、さてどう美味く食おうかそればかりを考える。

「ししゃも、どうもありがとう。うまい食べ方を見つけたら教えてください。」

お礼のメールを叔母に送った。

早速今日の夕飯から、ししゃもをいただくことにする。

 

 

ししゃもの弔い -1