ところがそのようなぎりぎりの状況にあって、突然、ひとしずくの中に彗星のようなすばらしい一閃がまたたきました。最初はその予感でしかありませんでしたが、その具体をひとしずくは手放したくありませんでした。ひとしずくは、自分が目をつぶったままでいることがとても奇妙な気がしてきたのです。そして、何だかんだといって、決して落ちまいと遮二無二クマザサにしがみついて頑なでいる自分自身が何だかとても滑稽に思えてきました。自分のあたまの中で描いていることと、自分のからだが必死にもがいて放さずにいることとは全くもってちぐはぐだ、と気が付いたのです。
真っ蒼に塗りつぶされた無明の心に光がさし、明るい隙ができるようでした。次第にひとしずくは、なんだかとても愉快な気分になってきました。笑いがふふふとこみあげてきて、ふるふる震えるあまり、あぶなく葉っぱから落っこちそうになったほどです。
「なんだ。」
からだを支えなおして、まだふるふると震えながらひとしずくは言いました。
「ちょっとぼく、怖がりすぎたんだ。」
ひとしずくは、大きく深く、呼吸をととのえました。そして、
「目をひらいているほうが、こわくない」
と、先ほどおとずれた閃きを、今度は丁寧にことばに代えて、じっくりゆっくりかみしめました。目を、ひらいているほうが、こわくない。
「うん。いいぞ。」
ひとしずくは、もうすっかり晴れやかな気分になっていました。何度も確かめるまでもなく、こっちの方がよっぽど心が弾むようだし、とにもかくにも自分らしいと思ったのです。それからすぐにひとしずくは、とびきり素敵なアイデアを自分のものにしたのでした。
葉の縁にぶら下がりながらであっても、見ようとして見れば、たくさんのことがわかってくるものです。目をつぶっていたときには気付きもしなかったものごとが、すべてがすべて新鮮なまま俄かに押し寄せてきて、ひとしずくの心はいっぺんに彩られていきました。植物の葉にしても、いろいろな形の、いろいろな色があるということを、ひとしずくはこのとき初めて知りました。あれほどおそれていた地の底も、朽葉に蔽われふかふかとしていて、居心地は悪くなさそうでした。自分の目で見て知るということが、どれほどの光をもたらすのか。ひとしずくは、この先もずっとずっと、この喜びを忘れることはありませんでした。
ひとしずくは、視界に広がるすべてのことに夢中でした。それが何であるか、何者であるかなどはひとしずくにとって、大した問題ではありません。ただ、この世界にはこういうものがあるのだ、こういう音があるのだ、こういう香りがあるのだと知ることができるだけで、それだけでひとしずくは十分嬉しかったのです。
そうして、
「目をひらいているほうが、おもしろい。」
と再び、今度ははっきりとした調子で魔法のことばを唱えたひとしずくは、透明なからだに自分が見つめる世界を鮮やかに映しだしながら、にっこりとほほえむのでした。
とはいえ、ひとしずくが見つめている世界は、クマザサの葉影から見える景色だけでしたから、彼のいうところの世界など、まだまだ些細なものでした。視界の限りを己の世界と区切ることのあやうさもあります。ひとしずくの視界の外にこそ、世界はどこまでも広がっていて、ひとしずくを今か今かと待ち構えていました。