フィールドワーク(T川地区 鹿の原について)

フィールドワーク(T川地区 鹿の原について)

T川地区の平地の方は把握できていないのだが、今私がしたためている山間部の集落では急速に老齢化が進み、田畑の規模も一枚とじ、二枚とじ…と、年々減少傾向にある。結果、集落のあちこちに耕作放棄地ができる。

例えば、祖父母の田んぼに隣接する田畑四反。川をはさんだ向かいの家、Aさんが所有する土地なのだが、息子娘は市中心部で所帯を持ち会社勤めをしているために跡継ぎがいない。ゆえにもう何年も放置され、土は動かず枯渇している。

これはよくある話。だからそういった話の数だけ耕作放棄地が存在する。

ところが、ここでは決して珍しくはない耕作放棄地の中で一区画、なぜだか言葉にできないのだが、私にとって特別に感じられる放棄地がある。足を踏み入れる前に一礼、頭を下げずにはいられないのだ。

私はここを「鹿の原」と名付け、呼んでいる。

「鹿の原」
今でこそ茫茫とした荒原だが、少し前までは段々に連なる田んぼが五、六反は優にあるだろう広々とした土地だった。が、当時も今も、他の田畑に比べると隔絶され閉ざされた地であると言わざるを得ない。というのも、鹿の原はその全体を自然にすっかり包囲されているのである。まずその三辺は針葉樹林の山々(鹿であれば容易に登れるだろうが人間にはなかなかの斜度である)にみっちりと囲まれており、残る一辺もT川の渓流に阻まれている。

橋なのだ。

鹿の原に立ち入りたければ、T川にかかる鉄筋製の橋を渡らなければならない。といっても、眼下に流れる小川をこえる程度の橋なので、決して大がかりなものではない。けれど、ここはいわゆるT川の支流の難所というやつで、水量のわりには川幅がせまいために水深が深く流れが急なポイントがちらほらと続く。橋から川面まではそれほど高くなく、高低差だけで言えば比較的容易におりられるのだが、水量に削られた土手はほとんど垂直に切りたっており、土がむき出している。私も何度かおりたことがあるが、目につく木の枝や根っこを支えにしないととてもじゃないがバランスがとれない。雨が降った後などはさらに危険度が増すだろう。
ところが、このあまりある水勢はこの付近の樹木にとっては天恵らしく、幹や根は太くたくましく、枝ぶりの広がりも実に見事だ。そのために、夏から秋にかけて葉が繁り奮う季節などは、橋の所在はこの木々の葉たちに覆われて、初めて訪れる人間はこの橋の存在に気が付かない。事実私がそうであったように。この天然の隠し技が、鹿の原をさらに外界から切り離す、特別なものにしている気がする。

そういうわけで、今日も私は橋を渡り、一礼をしてからその地に入った。
何か、感覚的なものが私の心をよぎっているのだがそれが何であるかわからない。
言葉にできぬことは、言葉にしない。

フィールドワークの一記録としては主観がすぎるだろうか。